48歳からのセミリタイア日記

48歳でまだ早いかなと思いながらもセミリタイアしました。生活、資産運用、旅行、その他いろいろ。元公務員です。

私にとっての平成30年間を振り返る 前編

 

こんにちは

 

今回は月並みな企画で申し訳ないのですが、私にとっての平成30年間を振り返ってみようと思います。

やっぱり元号が変わるということは心機一転新しい気持ちで臨めます。

その前に自分自身の平成という時代を振り返っておこうというわけです。

ちょっと長くなりそうですので2回に分けてお送りします。

今回は前編です。

 

 

私にとっての平成

平成が始まったとき、私は大学1年生でした。

そのため平成の初め数年は大学生活となります。

そこから就職を経て現在のセミリタイア生活ですから、いろいろと生活環境は変化していますね。

 

国家公務員試験合格

私の大学時代はバブルの終わりごろでした。

平成2年に不動産融資に対する総量規制が始まりバブルが崩壊に向かっていたのです。

ただ、就職活動をしていた私たちにはまだまだ余裕がありましたね。

就職活動をしていたのは平成3年ですが、民間企業からは比較的簡単に内定を取れていたからです。

大学同級生もほとんどが大手民間企業から内定を貰い就職していきました。

私も複数の民間企業から内定を頂くことができました。

ただ私が他の同級生と違っていたのは公務員試験も受験していたのです。

あまり勉強していなかったので合格するとは思っていませんでしたが。

ところが人生の運を使い果たしたのではないかという感じで国家公務員に合格。

ある省から内定を貰うことが出来ましたので、民間企業には全て断りを入れました。

でも平成3年当時は公務員は人気無かったですねえ。

なにしろ、一次試験の会場に入ったら、私の周囲の机は全部空席だったですから。

公務員試験の願書は提出したけど、希望の民間企業から内定が出たので公務員試験を受けずに辞退した人が想像以上に多かったということです。

周囲の空席を眺めながら、もしかしたら受かるんじゃね?とうっすら思ったことを今でも覚えています。

あまり酷ければ落とされたのでしょうが、何とか合格できて良かったです。

国家公務員に合格できたことが、現在のセミリタイア生活の始まりとなっていますから。

 

 

 

大学卒業

国家公務員に内定後、私の次の目標は大学を卒業することでした。

そのためには卒業論文を提出しなければなりません。

もっと早く取り掛かればと思いながら、卒業論文に取り掛かったのが年が変わって卒業間近となってから。

1週間のうちに大学の授業がゼミだけになっていたので時間はあったのですけどね。

結局ひと月足らずでバタバタと論文を仕上げて締切ぎりぎりに提出しました。

今思い返しても、論文と言うには恥ずかしいものを作ってしまいました。

今からでもやり直しをしたいところです。

私のゼミの教授はお優しい方でしたので、論文を受け取ってくださりました。

おかげさまで無事卒業。

教授、不良学生で申し訳ありませんでした。

 

国家公務員として就職

平成4年4月、某省に入省。

国家公務員生活が始まりました。

順調だったかと言われるとそうですねえ。

20代のころはよく仕事し、休日はよく遊んでいましたねえ。

 

覚えているのは、入省した当時は完全週休2日制で無かったことです。

隔週で土曜日出勤だったのです。

すぐに完全週休2日になりましたけどね。

だからネットで「1週間のうち2日しか休めない」という発言を見るたびに思わず笑いがでます。

公務員でさえ週1日しか休めない時代があったのになあ、と。

一般公務員が完全週休2日になったから銀行も土曜日が休みになったし、それにつれて他の民間企業も土曜日が休みになったのですよ。

 

働き始めたころはうまいこと就職できたなあという気持ちが強かったので、セミリタイアとかま~ったく考えていませんでした。

よく働きよく遊び、そのうち良い人見つけて結婚して子供を作ってと、当時の標準ライフプランそのままになるだろうと思っていましたね。

 

 

 

早期のセミリタイアを意識し始める

30代に差し掛かったころでしょうか。

このまま定年まで働き続けるよりも、資産を貯めて早期に労働からリタイアしようかなあと考えたのは。

このあたりから、公務員としての「旨み」が徐々に無くなってきたのもあったのかもしれません。

国家公務員倫理法等が制定されて、公務員ライフが段々と窮屈になっていく時代です。

 

旨みとはなんぞや?

もう時効ですけど、はっきり申し上げるのは控えさせていただきます。

そのころ大蔵省の官僚が「ノーパンしゃぶしゃぶ」の接待で捕まったりしましたが、私のような末端公務員でもその手の恩典がほんのわずかあったということで、あとはご想像にお任せします。

 

公務員としての旨みがないなら、結婚していないしいっそ早いうちにセミリタイアしようと考えました。

たいして面白みのある仕事ではなかったというのもあります。

この仕事世間から見たらいらんなあと、仕事に対するモチベーションがどんどん下がっていっていましたし。

ただ周りにセミリタイアのモデルがいなかったため、どのようにすれば達成できるのか手探りでした。

そのためとりあえず給料から定額を天引きして貯金し続けました。

財産形成貯蓄(財形)もその前からやっておりましたが、それとは別に普通預金口座に毎月決めた額を入金していました。

最初に給料から貯蓄分を引いてしまうと残りのお金を計画的に使う癖がつきます。

その当時は年齢の割には給料は結構貰っていました。

というのも、国家公務員倫理法が制定されたあたりから、残業したときの超過勤務手当が全額ではないのですが割と出るようになってきたことも関係します。

地方公務員は知りませんが、国家公務員って残業しても決められた予算の範囲でしか手当が出ません。

昔は大半がサービス残業でした。

あとは「旨み」で補てんしていた感じでしょうか。

公務員の倫理がうるさくなってから、残業の予算も少しずつ適正化の流れになってきたのかもしれません。

そのため超過勤務手当をそこそこ貰えるようになり、給料額が増えると貯蓄できる金額も増えましたので嬉しかったですね。

 

このまま順調に資産を増やしてセミリタイアできればよかったのですが、そう簡単にはいかなかったのです。

 

ということで続きは明日。

後編へ。 

luna3018.hatenablog.jp

 

 

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